8月19日に放送されたTBS系『水曜日のダウンタウン』で、浜田雅功さんの“危険すぎる発想”が話題になりました。
この日の企画は、出演者が頭上に大量のピンポン球を乗せ、相手チームのボールを落とし合う「頭上ボールサバイバル」。ゲームエリアにはプラスチック製のバットやボールを発射するアイテムなどが用意され、頭上のボールがすべてなくなると首に電流が流れるルールでした。
VTRを見ていた浜田さんは、「電流のリモコンをどこかに隠して、それを取れば相手を攻撃できるようにしてはどうか」という趣旨のアイデアを口にします。さらに番組終盤では、野沢直子さんから、浜田さんがVTR中に「花火を人に向けたらええんちゃう?」と話していたことも明かされました。
もちろん実際にロケット花火を人へ向けたわけではありません。陣内智則さんからも「人に向けたらダメ」とすぐにツッコミが入り、浜田さんが口ごもるところまで含めて笑いになっています。
SNSでも「さすが浜ちゃん」と面白がる反応が目立った一方、人に向けてはいけないという指摘も見られました。こうした場面を見ると、改めて考えたくなります。
バラエティ番組では、実際に危険なことをしなくても、「危ない発想を口にすること」まで問題視する必要があるのでしょうか。
今回は危険行為ではなく「危険なことを考える人」で笑っている
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まず分けて考えたいのは、実際に危険な行為をすることと、危険なアイデアを口にすることです。
今回、浜田さんがロケット花火を人に向けて発射したわけではありません。むしろ番組内では、「そんなことを考えるのか」という浜田さん自身の発想が笑いになっています。
後藤輝基さんからも「痛めつける天才ですね」とツッコミが入り、陣内さんからは花火を人に向けてはいけないと注意される。番組として危険行為を推奨する構造にはなっていませんでした。
ここまで「危険な発想だから放送してはいけない」としてしまうと、バラエティの笑いはかなり狭くなってしまうように思います。
昔のバラエティなら普通だった、では済まされない
「昔ならもっと過激だった」という理由だけで今回のような表現を肯定するのも違うと思います。
過去のバラエティには、今振り返れば明らかに危険だった企画もあります。出演者が本当にケガをする可能性があるものや、一般人を巻き込むものまで、「笑いだから」で許されていた時代もありました。
現在の安全基準が厳しくなったこと自体は、悪い変化ではありません。
大切なのは、過激な笑いを全部なくすことではなく、実際に誰かを危険にさらすことと、危険な発想そのものを笑うことを分けることではないでしょうか。
今回の『水曜日のダウンタウン』は、後者だったように感じます。
『水曜日のダウンタウン』だから成立する部分もある
そもそも『水曜日のダウンタウン』は、一般的なバラエティよりも少し危ういところまで踏み込むことを特徴としてきた番組です。
番組自体も、芸能人や有名人が持ち寄った「説」を独自の視点から検証する形式を掲げています。当然、すべてが許されるわけではありません。
しかし、どの番組も同じ安全圏の中で作られる必要もないと思います。
家族で安心して見られる番組もあれば、少し悪趣味な笑いを楽しむ深夜番組があってもいい。『水曜日のダウンタウン』には、地上波の中で少しギリギリのところを攻める役割があってもよいのではないでしょうか。
「子どもが真似をする」はどこまで考えるべきなのか
テレビで危険な表現が出るたびに言われるのが、「子どもが真似をするかもしれない」という話です。
確かに、人に花火を向けてはいけません。それを実際にやっている映像を面白おかしく見せるのであれば、注意が必要でしょう。
ただ、今回のように「それやったら面白いんちゃう?」と発言し、周囲から即座に「ダメです」とツッコまれている場面まで、模倣の危険性を理由に規制する必要があるのかは疑問です。
バラエティを見る側にも、フィクションや冗談を冗談として理解する力は求められます。すべてを「誰かが真似するかもしれない」という基準で判断してしまえば、映画やドラマ、漫画、ゲームにも同じ議論が広がっていきます。
コンプライアンスは「面白くないテレビ」を作るためのものではない
近年、テレビのコンプライアンスについて語られる機会は増えました。
もちろん、出演者の安全や人権への配慮は必要です。ただ、コンプライアンスとは、本来すべての危険な発言や不謹慎な冗談をなくすためのものではないはずです。
誰も傷つけない。誰も不快にしない。誰にも真似されない。そこだけを目指せば、テレビはかなり安全になります。しかし、バラエティとして面白いかは別問題です。
少し非常識なことを考える人がいて、周囲が「何考えてるんですか」とツッコむ。今回の浜田さんの発言は、まさにその構造でした。
そのやり取りまで危険表現として排除してしまえば、笑いそのものが持つ「常識から少し外れる面白さ」まで失われてしまいます。
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